千束四丁目までの二十分
金曜の午後、仕事を早めに切り上げて日比谷線に乗った。三ノ輪の階段を上がった瞬間、八月の終わりとは思えない熱がシャツの背中に貼りついた。暑い日だった。会社に「午後は外に出ます」とだけ言い残してきたので、後ろめたさは少しある。
駅前のコンビニでスポーツドリンクを買い、半分だけ飲んで残りを鞄に入れた。汗を引かせてから店の扉を開けたかった。
土手通りの信号を渡って、千束四丁目まで徒歩で十五分ほど。昼の光の下では看板のネオンが色を失っていて、夜に歩くこの街とは別の場所みたいに見える。そういえば、この通りを明るいうちに歩くのは初めてだったかもしれない。カラフル部 吉原の入り口には大きなモニターが据えられていて、外の眩しさに目が慣れないまま中へ入った。
待合のモニターと、浴衣の白
目に残ったもの
受付はカウンターの内側で完結する。名前と時間を伝えると、スタッフがタブレットを差し出してきた。アンケートの項目が思っていたより細かくて、好みの雰囲気や苦手なことまで選んでいく。ここで正直に答えておくと後が楽なのだと、書きながら気づいた。指名は写真とプロフィールから選ぶ形で、料金は総額の表示。19,000円からのコースが基準になっている。
待合室は清潔だが、椅子は少し狭い。混み合う時間だったのか、先客が三人ほど画面を見上げたまま黙って座っていた。呼び出しまでの数分、心臓の音が自分にだけ大きく聞こえる。この店は系列があるらしく、混雑時は別館へ回されることもあるとスタッフが説明してくれた。
名前を呼ばれて立ち上がると、廊下の先に白い浴衣が見えた。淡い花柄の裾、耳元で揺れる小さな飾り。ナナは笑いながら「暑かったでしょ、こっちです」と手招きした。写真で見ていた顔より、実物のほうが目が細くなる笑い方をする。二十一歳、T156、Hカップ。数字を並べると平板になるが、廊下の照明の下で見た白は、そういう情報とは別のところに残った。
手のひらに残ったもの
部屋に入って隣に座った瞬間から、彼女は喋り続けた。無理に間を埋めている感じではなく、こちらが黙っても平気な種類の明るさだ。話が高校野球に流れた途端、テンションが一段上がった。好きなチームの継投がどうこう、解説動画の見方がどうこう、指を折って説明してくる。「これ観てから試合見ると全然違うから」と言われて、帰りの電車で本当に検索してしまった。
関西の出身だと聞いて納得した。言葉の端に、標準語では出ない転がり方がある。話題が野球から離れてアニメと邦ロックに移っても勢いは落ちず、こちらが相槌を打つ隙を探すほうが忙しい。会話が途切れることを想像できない相手というのは、この仕事では相当な武器だと思う。実際、部屋に入ってから最初の三十分は服を着たまま笑っていただけだった。
肩がぶつかる距離で笑っていると、いつの間にか腕を絡めてくる。柔らかい。抱きしめると身体が沈む感じがあって、力を入れる場所が見つからない。もちもちという言い方は安っぽいが、他に言葉が浮かばなかった。
唇はぷるぷるで、キスの合間にこちらの息が上がる。長い時間くっついていても、乾かないし飽きない。イチャイチャが好きだと本人も言っていて、その言葉に嘘がない。
ルックス ★★★★☆
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★★★
アソコ ★★★☆☆
感度 ★★★★★
性格 ★★★★★
浴室の扉を閉めたところまで
浴衣の帯をほどく手つきだけ書いて、あとは伏せておく。書けば一行で済んでしまうし、一行にした瞬間に嘘になる種類の時間だった。
ひとつだけ書いておくと、彼女は攻められる側にいるのが好きな人だ。こちらが手を伸ばすたびに反応が返ってきて、その返り方が演技として組み立てられたものではなかった。声も、身体の跳ね方も。まじで、途中から自分がどう動いているのか分からなくなった。
湯気で曇った鏡に、二人の輪郭だけがぼんやり映っていた。
それだけ。
この続き、あの部屋で何がどこまで許されたのかは、投稿者限定のエリアに置いておく。指名するときの段取りと、何時ごろに行けば会いやすいかも、そちらに書いた。
ドアが閉まったあと
見送りは廊下の途中まで。手を振る白い袖が扉の隙間に消えて、そこで音が切れた。
外に出ると、まだ空は明るかった。夕方五時、街はこれから動き出すという顔をしていて、こちらだけが一日を終えたような気分で駅に向かう。土手通りのラーメン屋の換気扇が回り始めていて、その匂いで急に腹が減った。
帰りの車内で、教えてもらったチーム名をひとつだけメモした。次に会うときの話の種になればいい。それくらいの理由で、また千束四丁目まで歩く気がしている。