水曜の午後。川崎駅の東口から南町までは徒歩で十分ちょっとだ。前回は同じ道を夕方に歩いていて、そのときは通りが人でうるさいくらいだったのに、この時間は自販機の低い唸りしか聞こえない。
仕事帰りではなく、有給を一日使って来た。
麦茶の缶を握ったまま、頼み方を考えていた
途中のコンビニで買った麦茶を飲みながら考えていたのは道順ではなく、頼み方のほうだった。手首を押さえたい、というのは口に出すまでに毎回少し勇気がいる。断られたら引き下がるつもりでいたが、断られること自体より、笑われるのが嫌なのだと思う。受付には黒服が立っていて、こちらの体調について簡単な確認がある。淡々としているが雑ではない。待合は個室で、冷房が効きすぎていて汗が引いたあとに寒い。壁の時計の秒針だけが、カチ、カチ、と鳴っていた。廊下の絨毯が足音を全部吸ってしまうので、自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえる。ここは大衆店とは造りが違う。ドアも重い。
部屋に入る前に決めた。最初に言う、と。
暗がりで最初に触れたのは手首だった
照明が絞ってあって、廊下から入った瞬間に視界が一段暗くなる。その暗さのなかで、白い布地だけが先に浮かんで見えた。顔よりも肩のラインが最初に目に入った。細い。細いのに、胸のところだけ布が張っている。ヒールを脱いだ彼女は、自分の肩より少し下に頭の位置がきた。160cmくらいだと思う。Fカップだと聞いていたけれど、この体の細さに乗っていると数字より大きく見える。
「手首、押さえてもいいですか」
一拍おいて、「どっちも好きなので、いいですよ」と返ってきた。断られる前提で用意していた言い訳が、丸ごと余った。
元病棟の手つきは洗い場から始まっていた
浴室は石造りで、床が広い。シャワーの湯温を何度も確かめて、「熱くない?」と聞いてくる。熱いと答えると、返事の代わりに少しだけコックを回した。泡を立てるときも流すときも、雑なところがまるでない。前の職場が病棟だったと聞いて納得した。人の体を扱い慣れている手つきなのだ。香水はほとんど匂わず、石鹸の匂いだけがした。ぬるっとした泡ごしに背中から胸へ手が回ってきて、そこで初めて彼女のほうから唇が当たった。
行きと帰りを二十分で何度往復したか
ベッドに移ってから、手首に革の枷が回った。自分で頼んだくせに、締まった瞬間に少し焦った。動かせないと分かると、彼女の手つきが一段変わる。トロトロと時間をかけるキスから始まって、こちらが動こうとすると引く。追わせる。追いつくと、今度は深くなる。それから口。奥まで咥えて、苦しそうな音が混じっても彼女は自分から離れなかった。むしろ、頭に手を置いていいかと目で聞いてくる。つながって、また口に戻して、キスを挟んで、またつながる。二十分のあいだにその往復が三回。終わったあとの後始末まで、彼女の口が引き受けた。断られる線が、この街の他の店より明らかに奥にある。
枷を外したあと、手首に薄い跡が残っていた。彼女はそれを見て、少し得意そうな顔をした。
面白いのは、こちらが責めると崩れることだ。会話は寡黙なほうだし、声を張り上げるタイプでもない。ただ、首筋から鎖骨のあたりに触れたときだけ、呼吸が一段深くなるのがはっきり分かる。温かいところが弱いらしく、手のひらを温めてから当てると反応が変わる。さっきまで主導していた側の目の焦点が合わなくなって、ねっとりした息だけが耳に届く。この落差は、正直やばい。
同じ子の、十時台と十九時台
自分は二回会っている。二度目は平日の十九時台に入った。眠そうな目をしていて、後ろ髪が少し崩れたままだった。こちらが振った話に「うん」「そうですね」しか返ってこない時間帯があった。枷も口も、頼めば同じように通る。最後まで進むこと自体は、どちらの日でも変わらない。変わるのはその先だ。力加減がこちらの反応を見ていないし、往復も一回で終わった。同じ料金を払って半分だけ受け取ったようで、物足りなさが残った。
翌週、午前の枠で入り直した。髪も整っていて、最初の五分から笑っていた。悪いのは日の選び方だったのだと思う。長い勤務の後半に当たると、体力の残量がそのまま出るタイプなのだろう。
店の造りでひとつだけ書いておくと、部屋もトイレも広いのに、廊下の話し声はけっこう通る。静かな時間を大事にしたい人は気になるかもしれない。
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★★☆
アソコ ★★★★☆
感度 ★★★☆☆
性格 ★★★☆☆
顔は、この街で会ってきた中でも上のほうだ。切れ長で涼しげな目元と、笑うと少しだけ子どもっぽくなる口元。並んで歩いても、この帰りだとはまず思われない。
帰りの電車で数えていたこと
玄関で靴を履いていたら「またそのシャツで来てくださいね」と笑われた。前回と同じ服だったことを覚えていたらしい。寡黙なくせに、こういうところは見ている。
京急に乗って、窓の外が流れていくあいだ、往復の回数を数え直していた。三回。次はもう少し先まで頼めるはずだ、と思った。
彼女の名前と、どこまで頼めてどこで止まるのか。そして当たりの日を引くための時間帯は、限定エリアに記しておく。