傘を持って出たのに、雨は降らなかった
木曜の夜だった。会社の飲み会が一次会で流れて、時計はまだ二十二時を少し回ったところ。そのまま総武線で帰る気には、どうしてもなれなかった。
朝の予報を信じて持って出た折り畳み傘が、鞄の中で一日ぶん邪魔をしただけで終わっている。
錦糸町の北口に降りると、アーケードの下にだけ湿った風が溜まっていた。梅雨明け前の、あの重たい空気。パチンコ屋の看板が水たまりに落ちて、赤く滲んでいる。
錦糸町デリヘルPureSeleClub ~ピュアセレクラブ~ に電話を入れたのは、その風に背中を押されたからだと思う。ギャル系の店だと聞いていたので、期待は正直そこまで高くなかった。受付の男性が「今日なら美月が入ってます」と言った。名前の響きだけで決めてしまった。
ホテルは駅から五分。先にシャワーを浴びて、あとは待つだけ。エアコンの設定が二十度から下に動かない部屋で、髪を濡らしたまま座っていたのはたぶん失敗だった。
ドアが開く前に、香りだけが来た
ノックより先に、廊下から柔軟剤みたいな匂いが届いた。
扉を開けたら、想像していたギャルはそこにいなかった。キリッとした目元の、綺麗系という言葉がそのまま立っているような人。歌舞伎町のラウンジのフロアにいても、たぶん誰も違和感を持たない。
「こんばんは、美月です」
声は思ったより低くて、落ち着いていた。ヒールを脱いで灯りの下に入ってきたとき、顔よりも先に脚の細さのほうに目がいく。膝から下が長くて、実際の体重よりも細く見えるタイプの作りをしている。手を取ったら、外の湿気のせいで指先だけ冷たかった。
シャワーの音が止んでからのこと
戻ってきた彼女はバスローブを羽織らずに、タオルを胸のところで押さえたままベッドの端に腰かけた。髪はまとめずに濡れたまま。水滴が鎖骨のくぼみに溜まって、動くたびに落ちていく。
灯りを落とすか聞いたら、「暗いほうが好きですか?」と逆に返された。結局、枕元のスタンドだけ残した。オレンジの光がシーツの皺を長い影にして、部屋がひとまわり狭くなったみたいだった。
キスは短い。
すぐに首筋へ降りていって、そこからはずっと彼女のペースだった。順番が最初から決まっている感じがする。悪く言えば業務的、よく言えば迷いがない。本指名一位を続けている人というのはこういうことなんだろうと、途中で妙に納得してしまった。
肌はひんやりしていて、しばらく触っているとこちらの体温がそのまま移っていく。くびれのところに手を置くと、指がすとんと落ちた。細い人の体はどこを触っても骨の位置が分かって、それが少し怖くもある。
舌の動きは丁寧だった。焦らすでもなく、急ぐでもなく、ぬるぬると同じ速度で続いていく。ただ、手の力加減がずっと一定で、そこだけは少し物足りなかった。強弱がついたらもっと良かったと思う。
途中で一度、外を走る救急車のサイレンが窓越しに通り過ぎた。二人とも黙って、音が遠ざかるのを待った。ああいう間は嫌いじゃない。
「くすぐったい」と笑われたのは、脇腹に手を滑らせたとき。背中が性感帯だと後から聞いて、なるほどと思った。触れると肩のあたりがビクビクと動く。声はほとんど出さない人で、そのぶん体のほうが正直だった。
これはやばい、と口に出しかけて飲み込んだ。
最後のほうは、こちらの息のほうが先に上がっていた。彼女は表情をあまり変えずに、でも目だけはずっとこちらを見ている。その視線のほうがきつかったかもしれない。
終わってから、二人でベッドに転がって水を飲んだ。前職はショップ店員だったらしい。「立ち仕事のほうがしんどかったです」と真顔で言うので笑ってしまった。
セフレというほど近くもなく、仕事というほど遠くもない。仲良くなったキャバ嬢となんとなくホテルに行った、みたいな距離感が一番近い。その温度が好きな人には、たぶん刺さる。
六項目だけ、数字にして残しておく。
ルックス ★★★★☆
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★☆☆
アソコ ★★★☆☆
感度 ★★★☆☆
性格 ★★★★☆
どういう順番で何があったのか、料金と出勤の話も含めて、続きは限定エリアに置いておく。
靴を履くまでの、短いやりとり
服を着るのが早い人だった。ヒールに足を入れながら「またお願いしますね」と言われて、それが社交辞令なのかどうかは最後まで分からないままだった。
扉が閉まって、部屋に柔軟剤の匂いだけが残った。
帰りに駅前のコンビニでアイスコーヒーを買って、高架下のベンチで飲んだ。傘は結局一度も開かないまま、鞄の底にあった。