西口の坂を降りるまで
木曜の夜だった。
八月の終わりの池袋は、まだ昼の熱を吐き出しきれていない。仕事帰りに電車を降りて階段を上がった瞬間、ねっとりした空気が首筋に絡んだ。ホームの冷房で乾いたはずの汗が、地上に出て三十秒でまた滲み直す。そういう夜だった。
改札を出て西口へ。飲み屋の呼び込みの声が、北へ数十メートル歩くごとに薄れていく。この街は歩幅のぶんだけ音の質が変わる。
この一帯は、ホテルの看板と定食屋と古いカラオケ屋が同じ並びに立っている。夜の街というより、夜まで営業しているだけの生活圏という顔をしていて、それが妙に落ち着く。
e女商事の受付は、その音が消えかけたあたりの雑居ビルにある。正直に書くと、道に迷いかけた。看板が控えめすぎて一度通り過ぎ、スマホの地図を二回見返して、ようやくエレベーターの前に立った。
受付から部屋まで、たった十分
受付では先に料金を払う。応対は事務的すぎず、馴れ馴れしくもなく、必要なことだけを短く伝えてくれる。指名は写真を見て決める形で、この日は事前に心を決めていた人の名前を告げるだけで済んだ。
そのあとは自分でホテルに入り、部屋に着いてから店に電話をかける。番号を伝えて、上着を椅子にかけて、ネクタイを緩める。それだけの時間しか経っていないのに、もうノックの音がした。十分ちょっと。エアコンが部屋を冷やしきる前だったのがこの夜の唯一の不満で、暑いままドアを開けることになった。
ドアを開けた先にいた彼女
目が慣れるまでの数秒
藤崎みりあ、二十二歳。
ドアを開けて最初に思ったのは「やばい、想像していたより背が高い」だった。T170。彼女がヒールを脱いでも、目線がほとんど変わらない。細い。ただ痩せているのとは違って、肩から腰へ落ちていく線にきちんと曲線が残っている。
紺のストライプのスーツ姿だった。廊下の照明が斜めから当たって、白いシャツの襟のところだけが妙に明るく見えた。
「はじめまして、みりあです」
声がゆっくりだった。話し方に急いだところが一切ない。おっとりしている、というプロフィールの一行は嘘ではなかった。
上着を脱いだあとのかたちについては、正直、語彙が足りない。大きさより形の話をしたい。寄せなくてもきれいに二つ並ぶ、上向きの張り。写真では絶対に伝わらない種類の情報だった。
指先が触れたときの温度
最初に触れたのは手だった。荷物を受け取ろうとして指が当たり、そのまま少しだけ握った。冷房で冷えたこちらの指に対して、彼女の手はもちもちとやわらかく、体温が一段高い。
肩に手を回すと、シャンプーなのか香水なのか判別のつかない匂いがした。甘すぎない。強すぎない。翌日まで残らない種類の匂いだった。
シャワーの前に少しだけ話をした。夏休みに出かけた話、好きな果物の話。休みの日はとりあえず外に出たくなるらしい。会話の間の取り方が上手い人で、こちらが黙り込んでも気まずくならない。相槌の代わりに一度だけ笑って、それで場がつながってしまう。
ベッドの端に並んで座ったとき、彼女のほうが少しだけ肩を寄せてきた。
書ききれなかった夜
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★★
おっぱい ★★★★★
アソコ ★★★★☆
感度 ★★★★☆
性格 ★★★★★
ベッドに移ってから何が起きたのかは、ここには書かない。
ひとつだけ書いておくと、こちらの「こうしてほしい」を彼女は一度も聞き返さなかった。手が止まる位置と、止めてから動き出すまでの間。あれは若さや慣れで説明のつくものではない。天井の照明を落としていたから、カーテンの隙間から漏れる看板の赤だけが部屋を染めていて、その色のなかで彼女の輪郭がゆっくり動いていた。
「まだ、だめ」
そう言われたときの声の高さだけ、いまも耳に残っている。
終わったあとは二人ともしばらく黙っていた。彼女が先にシャワーへ立ち、戻ってきてスーツを着直すまでの数分が、この夜でいちばん静かな時間だった。エレベーターの前まで送ってくれて、扉が閉まる直前に小さく手を振られて、それで終わり。
帰りは池袋駅まで歩いた。終電までまだ間があったので、駅前でラーメンをすすった。23時過ぎ。汗をかいた身体に熱いスープが入っていくのが妙に沁みて、水を二回おかわりした。
彼女がどこまで応えてくれたのか。支払った額も、会いやすい時間帯も、次に行くならどう動くかも、まだ書いていない。その先は限定エリアに置いておく。