真夏の土曜、午後の川崎。仕事の谷間にぽっかり空いた一日を、丸ごと自分のために使うと決めた日だった。
学校がまるごと建っている店に、真夏の土曜に入った
京急川崎の改札を出て東口へ。電車を降りた瞬間から空気が重くて、駅前を数分歩いただけでシャツが背中に貼りついた。暑い。宮本町のあたりまで来ると急に建物の色が変わって、ここから先は別の街だという線がはっきり引かれている。目当ての建物は角を曲がってすぐだった。
エデンは学校をテーマにしたソープで、看板から内装まで世界観がひと続きになっている。受付で指名を伝えると、案内までは待合で待つ流れ。スタッフの言葉遣いは終始やわらかくて、初めてでも身構えなくていい店だと思う。写真を見て相手を選ぶ方式で、システム自体はややこしくない。時間の長さでコースが分かれていて、この日は普段の60分ではなく長いほうを取った。夏のあいだだけ動く企画があると知って、それ目当てで来たからだ。校舎という設定は看板だけの飾りではなくて、館内の呼び名から用紙の書式まで律儀にその世界で揃えてある。この手のコンセプトは冷めた目で見てしまう質なのに、ここまで徹底されると笑って乗るしかない。入る前に構えていた分だけ、階段を上がるころには肩の力が抜けていた。
ひとつだけ言っておくと、待合が喫煙可なのはきつかった。煙の臭いが服に移るのが気になって、案内を待つ十数分がやたら長い。この日は自分以外にも待っている人がいて、部屋の広さのわりに空気がこもる。プレイ前に匂いを連れていきたくない側の人間なので、ここだけは毎回気になると思う。
あめに主導権を明け渡すまでの十五分
木の机と椅子が並ぶ待合で
通されて思わず笑った。学校の木の机と椅子がそのまま置いてある。天板の傷まで妙にそれっぽくて、座った瞬間に居心地の悪さと懐かしさが同時に来る。支配される側の心構えを作りに来たはずが、椅子が小さくて足の置き場に困っている中年がひとり座っているだけだった。
妙な緊張が抜けない。
そういえば軽音部でボーカルをやっていたと後から聞いた。校舎の設定に本人の来歴まで乗っかってくるのはずるい。
カーテンが開いた瞬間に、筋書きが崩れた
名前を呼ばれて部屋の前へ。カーテンが開いて出てきたあめは、写真で見ていたより小さかった。149cmという数字は頭に入れていたのに、実物はもっと小柄に見える。目がとにかくキラキラしていて、カラコンは入れていないという。笑顔が、うまい言い方が見つからないのだけれど、正面から浴びると一瞬言葉が出ない種類のやつだった。声も高くて可愛い。挨拶の間の取り方が上手で、こちらが黙っている時間を気まずさに変えないまま埋めてくる。ここまでの道のりで固まっていた表情が、部屋に入るまでの数歩で勝手にほどけた。
「今日ね、来てくれるの楽しみにしてたんだよ」
言われ慣れた挨拶ではなかった。目を合わせたまま言うから、社交辞令に逃げる隙がない。
その一言で、道中に組み立てていた心理戦の筋書きが全部崩れた。こちらは主導権を渡す側の顔をして入ったつもりだったのに、渡すまでもなく最初から向こうが持っている。この瞬間が堪らない、と思う余裕すら後から追いついてきた感じで、順番がめちゃくちゃだった。
ぬるぬるの湯船に足を入れたところまで
浴室の扉を開けて、やばい、と声が出た。湯船に張られているのが湯ではない。夏の時期だけの水着つきの企画で、あめは水着のまま先に入って、こちらを手招きしている。足を入れるとぬるぬるで、体重をどこに預けていいのか分からない。掴まる場所を探して伸ばした手が、そのまま引き寄せられた。
足元が完全に信用できない。
湯の温度がちょうどよくて、ぬるつきのわりに肌がべたつかない。水着の生地越しに背中が当たるたび、こちらの体の力が抜けていくのが自分でも分かった。抵抗する理由が一個ずつ消えていく感覚で、これはもう身を委ねるほうが早い、と早々に諦めがついた。
ここから先の十数分をどう書いても薄まる気がするので、この日の記録は限定エリアに置いておく。同じ夏の企画を狙っている人には、たぶんそちらのほうが役に立つ。
身を委ねた土曜の午後に残ったもの
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★★★
アソコ ★★★★☆
感度 ★★★★☆
性格 ★★★★★
正直に書くと、ローションの上での最初の数分だけは力加減がぎこちなかった。滑る場所で密着する形なので、こちらが体格差でどう支えるかを探っている時間があって、そこは噛み合うまでに少しかかる。ただそれは企画そのものの構造の話で、彼女のせいではない。むしろ、こちらが探っていることに先に気づいて動きを変えてきたのが彼女のほうだった。
もうひとつ書いておくと、写真の加工は強めだ。ただこれは悪い話ではなくて、加工で盛られた分より実物のほうが表情がよく動く。静止画は損をしている側だと思う。
痛みの向こう側に行きたくて通っている人間としては、本来ここは守備範囲の外だ。痛気持ちいいの手前で止まる、というより、そもそも痛みの軸が存在しない時間だった。それでも一時間半のあいだ、ずっと機嫌よく笑っていた気がする。押さえつけられて満たされるのと、笑顔に丸ごと預けさせられて満たされるのとは、行き着く場所が案外近いのかもしれない。少なくともこの日は、後者でも問題なく満足していた。
帰りに駅前でラーメンを食べながら、次はいつ取れるだろうと考えていた。真夏の企画は毎年その時期だけらしいので、来年まで待つのか、通常の流れでもう一度会いに行くのか。どちらにしても、また来る前提で考えている自分がいるのがすでに答えなのだと思う。