予約の連絡に、一行だけ書き添えた
私は月に一度しか遊ばない。四十を過ぎてからは、その一度へ予算も下調べも全部寄せている。数だけを追っていた二十代の自分に言ってやりたいことは山ほどあるが、まあ、それは別の話だ。
八月半ばの日曜。京急川崎の改札を出た途端、湿った風が首筋へ貼りついた。南町のシェルクラブウェストへ入るのは五月以来である。前回とは別の女性を指名した。写真から受けた印象は、黒髪が長く、線が細く、静かそうな人。私の好みからは外れていない。
ただ今回は、いつもはしないことを一つした。予約の連絡に希望を一行だけ書き添えたのである。手枷を使わせてもらえないか、という趣旨のことを、なるべく事務的な文面で。断られたらそれまでだと思っていた。返ってきたのは「大丈夫ですよ、当日いろいろ聞かせてください」という短い一文だった。この一行で、私はその日を楽しみにすることに決めた。
浴衣を着せた女性に、順番を尋ねた
逆パネマジ、という野暮な単語
受付には黒服が立っている。案内の口上が落ち着いていて、こちらの背筋も自然に伸びた。ゲストの側にも簡単な検査があり、それを済ませてから待合へ通される。半個室で助かった。前の客と目を合わせずに済むというだけで、四十代の心拍数はずいぶん変わる。
階段を下りきったところに、彼女は立っていた。逆パネマジ、という野暮な単語を、この日ばかりは自分の口で使うことになった。二十一歳。一度も染めたことがないという髪は、絹の手触りをそのまま光にしたような艶で、肩から胸元へ落ちる線が一本も乱れていない。163cmという背丈は、サンダルを脱いだ状態で私の目の高さにちょうど届いた。
部屋に入ると、頼んでおいた浴衣が衣紋掛けにかかっていた。「夏祭りの帰り、ってことにしましょうか」と彼女が言う。設定を投げ返してくるあたりで、この人は頭が回るなと思った。前職を尋ねたら学生だと答えたが、二十一の学生がこの受け答えをするなら大したものである。
石の浴室で肘を擦った
部屋もトイレも広く、掃除は行き届いている。ただし浴室が石造りで、私は座る位置を誤って左の肘を擦った。ここは店として、もう少し先回りしてくれてもいい。
「痛かったですか」と本気で心配する顔をされたので、かえってこちらが慌てた。泡を立てる手つきは丁寧で、急いでいるところが一つもない。背中から首、耳の後ろまで、順番を飛ばさずに洗われた。二十一歳の手際とは思えない。
湯を落としてから、私は改めて、事前に書いたあれをやってもいいかと訊いた。彼女は少しだけ笑って、「どっちも好きなんですけど、どちらかというと、されるほうです」と答えた。自分から線を引かない人なのだと、このとき分かった。
手枷を渡してからの時間
用意してきた手枷を出すと、彼女は嫌がるどころか、自分から両手を差し出した。革の内側へ指を入れて締め具合を確かめる。きつくないかと訊けば、もう少しだけ、と返ってくる。この「もう少しだけ」を自分から言えるかどうかで、受け手として振り切れるかどうかは決まると私は思っている。
自由が利かなくなった途端、表情の出方が変わった。会話のときの、こちらを立ててくれる笑顔ではない。声の高さが一段下がって、言葉より息のほうが先に出るようになる。胸から背中へ手を移したところでいちばん大きく跳ねた。後で聞けば、背中がいちばん弱いのだという。
途中で一度、外しますかと訊いた。首を横に振られた。それだけのやりとりで、この人はどこまで預けるつもりでいるのかが分かってしまう。
口を使わせたときに変わったもの
彼女の得意はディープキスだと公言されているとおりで、こちらが受け身に回る時間のほうが長い。息継ぎの取り方まで計算されている。ただ、この日いちばん印象に残ったのはキスではなかった。
こちらの希望で、深く口を使わせた。喉の奥まで届かせても彼女は引かない。苦しいときは手の甲を叩くようにと決めておいたが、その合図は最後まで一度も出なかった。目に涙が浮いて、それでも視線だけはこちらへ向いたままである。離した瞬間に大きく息を吸い、そのまま笑うのだ。この笑い方は接客の笑顔とは別物であった。
組み立ても面白かった。順番どおりに進めて終わり、という運びをしない。重ねて、口へ戻して、キスを挟んで、また重ねる。行きつ戻りつするたび、彼女のほうが先に息を乱していく。締めも口だった。終わったあとの後始末まで彼女の側から始めるので、私は何もしていない。
若い相手にありがちな、勢いで押し切る雑さがない。技術が仕上がりきっているとまでは言わない。研究の途中という感じはする。ただ、その途中経過に立ち会えること自体が面白いのだ。
私が二枠を押さえ直した根拠
終わりの合図が鳴ってからも、彼女は急がなかった。浴衣を折り目どおりにたたみ、こちらの髪を直し、階段の下まで送ってくる。手首にうっすら残った跡を自分で撫でて、「これ、しばらく消えなかったら嬉しいです」と言われたときには、返す言葉を持たなかった。
ルックス:★★★★★
スタイル:★★★★★
おっぱい:★★★★☆
アソコ:★★★★☆
感度:★★★★☆
性格:★★★★★
私は年に何度も指名替えをしない。一人を長く追うほうが結局は満足度が高いと知っているからである。その物差しで測ったとき、この女性の価値は顔立ちでも会話でもない。こちらが出した希望に対して線を引かないところだ。断られる場所が、他所で会ってきた相手よりずいぶん奥にある。そして預ける側に回ったときのほうが、明らかに振り切れている。
外へ出たら日が傾いていて、来たときより風が涼しくなっていた。駅の地下で珈琲を一杯飲んでから帰った。冷房が効きすぎていて、肘の擦り傷がまた痛んだ。次の予定表を開いたのは、その珈琲を半分ほど飲んだあたりである。四十代がやることではない。
彼女の名前と、どこまで頼めてどこで止まったのかの線引き、直接予約の段取りと狙うべき時間帯については投稿者限定エリアに書いた。店の名はここまでで出したとおりである。