根岸の坂道で、まだ予約確認の画面を開いていた
八月の水曜日。台風が抜けた翌日で、鶯谷の空は洗いすぎた白いシャツみたいな色をしていた。日比谷線から地上に上がると線路沿いの空気がまだ湿っていて、歩き出して三分で背中にシャツが張りついた。
暑い。坂道ではそれしか考えられなかった。
二日前の夜、急に空いた枠を押さえた。白いぽっちゃりさんは直前にしかスケジュールが出ない日があって、その夜はたまたま一枠だけ残っていた。指が滑るくらいの速さでネット予約を叩いたのを覚えている。人気のある子ほど、こういう偶然でしか会えない。
途中のコンビニでアイスコーヒーを買った。氷がしゅわっと沈む音がやけに大きく聞こえたのは、たぶんこっちが緊張していたせいだ。前の週に別の店で外して、財布だけ軽くして帰ったばかりだった。だから期待値は、意識して低いところに置いてきたつもりだった。
受付で支払いを済ませ、スタンプカードにこつんと判を押してもらう。キャストカードの写真を見てしまったのが敗因だったと思う。ホテルに着くまでの数分、心臓が妙な鳴り方をしていた。エレベーターの階数表示を意味もなく数えていた。
鶯谷という街は、駅を出た瞬間から生活とホテルの境目が曖昧で、そこがいい。夕方の商店街には買い物袋を提げた人が普通に歩いていて、その二本裏に入ると急に空気の質が変わる。この落差を通り抜けるときの、後ろめたさが半分と高揚が半分みたいな時間が、実のところいちばん好きなのかもしれない。
ドアが開いてからの三秒間 — なの
部屋の空調が効きすぎていて、汗が引ききったころにチャイムが鳴った。ぱたぱた、と軽い足音が廊下から近づいてくるのが先に聞こえた。
白い部屋に立っていた影
ドアを開けた瞬間、廊下の照明を背負って立っていたのが、想像の一段上にいた。写真は盛るものだと思って生きてきたのに、その日は逆だった。158cmという数字から受ける印象より、実物のほうがずっと小さく見える。それでいて胸のあたりだけ現実離れしていて、視線の置き場に困った。
「はじめまして、なのです」
声が思ったより低くて、そこで一度、頭のなかの絵が更新された。アイドルみたいな顔で、猫みたいな喋り方をする。目を合わせて、すぐ外して、また合わせる。この間合いにやられる人が多いのは、会ってみればわかると思う。
肩に触れたときの温度
シャワーを浴びて戻ると、ベッドの端に座って足をぶらぶらさせていた。隣に腰を下ろした瞬間、なんの前置きもなく肩がぴたっとくっついてくる。
やばい、と思った。
柔らかいとか温かいとか、そういう言葉より先に「離れる気がないな」という理解が来る。腕に絡んだ指がぎゅっと締まって、そのまま会話が始まった。好きな食べものはフルーツで、休みの日はとにかく寝ているらしい。「寝るのが趣味って、履歴書に書けないですよね」と笑っていた。こういう雑談が途切れないタイプは、それだけで一つの技術だと思っている。
体温が、こちらより少し高い。触れている面積が広いぶん、それが腕から背中へじわじわ移ってくる。恋人感という言葉は使い古されていて普段なら避けるのだが、この距離の詰め方を他の言い方で説明する方法を思いつかなかった。仕事として距離を詰めているのか、単にそういう性格なのか、最後まで判別がつかなかった。判別がつかないところに金を払っているのだと思う。
ただ、この密着の強さは人を選ぶ。こちらが段取りを握って進めたい日には、少し勝手が違うかもしれない。この夜に限っては、それが完全に正解だった。
ここから先は、限定エリアに置いていく
照明を落としてからの時間について、ここで書けるのはここまでだ。全部書いてしまうと、これから会いに行く人の楽しみを削ってしまう。
先に、その夜の印象だけ数字にしておく。
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★★★
アソコ ★★★★☆
感度 ★★★★☆
性格 ★★★★★
不満を挙げるなら店ではなく部屋のほうで、シャワーの水圧が弱くて二人で入ると笑うしかなかった。あとは予約の取りにくさ。会いたいと思った日に会える子ではない。そこだけは覚悟がいる。
終わってからの十分が、いちばん記憶に残っている。服を着ながらの雑談で、次に出勤する日の話を向こうから振ってきた。営業なのかもしれない。それでも、廊下でドアが閉まる音を聞いたあとにエレベーターの鏡を見たら、締まりのない顔をした男が映っていた。
帰りの日比谷線は空いていて、窓の外を鶯谷のネオンが流れていった。あの部屋で何があったかは、限定エリアのほうに書いておく。