犀川沿いを歩いて、香林坊まで戻った夜
火曜の夜だった。八月の金沢は日が落ちても蒸したままで、シャツの背中が張りついていた。片町の交差点で信号を待っていると、向かいのコンビニの灯りだけが白く浮いて見える。祭りでもないのに人だけは多くて、居酒屋の前で笑っている学生の横を抜けた。
車で来たのが失敗だったな。駐車場を三周した。
予約は前の週に入れてあった。店のチャットで二度ほどやりとりをしたのだが、返事がいちいち早い。定型文の匂いがしないのがよかった。こちらが二十二時以降しか動けないと書いたら、その枠でそのまま押さえてくれた。北陸の夜は店じまいが早いから、遅い時間で組んでもらえるのは正直ありがたい。日付が変わってから慌てる遊び方しかできない人間には、この手の融通がそのまま満足度になる。
この店を選んだ理由は単純で、四十歳という数字とプロフィールの写真が噛み合っていなかったからだ。着物姿の一枚が妙に若く写っている。どうせ加工かね、と半分疑いながら部屋番号を伝えて待った。疑っていたぶん、あとで自分の目を疑うことになる。
扉が開いて、新垣という人が立っていた
目を合わせた最初の三秒
取った部屋が思ったより狭い。荷物の置き場を探しているうちにノックが鳴った。
開けて、三秒ほど言葉が出なかった。先に「はじめまして」と言われて、ようやくこちらが返した。まじで写真のままだ、というのが最初の感想だ。というより、写真のほうが損をしている。玄関の細い灯りの下でも肌の質が沈まない人は、そう多くない。
背が高い。百六十五は超えているのが一目で分かる。黒髪のショートで、小顔で、立ち姿に余白のようなものがある。四十歳だと先に聞いていなければ、三十そこそこだと思って疑わなかっただろうな。着てきた服も部屋着に着替えたあとの緩さも、どちらも様になっていた。声は想像より低くて、それが妙にこちらを落ち着かせた。
指先が触れたとき
手を引かれて、ベッドの縁に並んで座った。指が細く、爪には黒っぽいネイルが乗っている。手のひらは乾いていて、少しだけ温い。握り返すと、返してくる力がちょうどよかった。強すぎず、抜けもしない。この加減を最初の三十秒で出せる人は、たぶん場数が違う。
「緊張してます?」と笑われた。情けない話だが、本当に緊張していた。
そういえばこの店は電話の受付も丁寧で、前に別の日に予約したときは、時間を前倒しできないかと向こうから相談が来たことがある。段取りの話をここでするのも野暮だが、部屋に入るまでの気分はそういう積み重ねで出来ていると思う。金沢は同業が固まっている街ではないぶん、こういう差がそのまま店の顔になる。
六つの物差しで書いておく
ルックス ★★★★★ 写真より実物のほうが整っている。こういう順番の相手は珍しい。
スタイル ★★★★★ 細身で脚が長い。座り方だけで全体の見え方が変わったな。
おっぱい ★★★☆☆ Cカップ。大きさで押していく体つきではないだろう。
アソコ ★★★★☆ 手入れは行き届いていた。細かいところは限定のほうへ。
感度 ★★★★★ 本人の申告どおり、というより申告のほうが控えめかね。
性格 ★★★★★ 話が途切れない。人懐っこいというのは嘘ではなかった。
この続きは限定のほうに置いていく
シャワーに移るまでに三十分近く喋っていた。仕事の話から市場の飯屋の話まで引き出されて、気づいたら時計がだいぶ進んでいる。こちらが喋りすぎたのではなく、喋らせるのがうまいのだと途中で気づいた。相槌の入る場所が的確で、黙っている時間が一度も気まずくならない。
「そろそろ行きましょうか」と立ち上がる呼吸が、こちらを急かさない。
ここから先の流れは、無料で書くには具体的すぎる。書けば店の名前にそのまま跳ね返るし、本人にも迷惑がかかる。だから限定のほうに、順番どおり全部置いておくことにした。何をどこまで頼んだのか、どこで止まったのか、金の話も含めて隠さずに書く。北陸の夜は長いようで短いから、時間の使い方の話も一緒に残しておく。
ひとつだけ言えるのは、九十分では足りなかったということだな。
犀川大橋を渡って帰った
部屋を出て、エレベーターの鏡に映った自分の顔がだらしなかった。財布に領収書を入れ忘れたのに気づいたのは、犀川大橋の真ん中まで来てからだ。戻る気にもならず、欄干にもたれてしばらく川を見ていた。
川風が生ぬるい。この時期は夜中でも涼しくならない。
また行くかね、と橋の上で考えていた。考えるまでもなく、答えのほうが先に出ていた。