残暑の歌舞伎町へ足を向けた理由
八月最後の金曜、午後の仕事を切り上げて新宿駅の東口に降りた。残暑というには暑すぎる日で、ホームに立った時点でシャツの背中はもう湿っていた。
歌舞伎町の一角にある深海魚 歌舞伎町という店を、私は一年ほど前から気に留めていた。派手な看板を出すわけでもなく、ネオンの奔流のなかでむしろ静かに構えている。そういう店に惹かれる質なのだ。数を打つより一度を選ぶ、というのが私の遊び方の基本である。
西武新宿駅の方角へ徒歩で十分ほど。東口からでも歩ける距離で、電車が遅れさえしなければ迷うこともない。
もっともその日の私は、コンビニで冷たい水を買うために一度足を止めている。おかげで到着が押して、最後の一区画を早足で歩く羽目になり少し焦った。四十を過ぎてから、夏のこの街は年々暑い。
浴衣の女性が扉を開けた70分
冷たいお茶と、待合の十五分
自動扉を抜けると、スタッフの方がすぐに出てこられた。こちらが名乗るより先に「お待ちしておりました」と通されたのには、正直なところ少し驚いた。
建物そのものは年季が入っている。階段は狭いし、内装が新しいわけでもない。ただ掃除は隅まで行き届いていて、気になる汚れはひとつもなかった。待合室に通されると冷たいお茶が出てきて、汗の引かない体にはこれが何よりありがたかった。ソファに腰を下ろすと、先客が二人ほど同じように黙ってテレビを眺めている。この手の店に特有の、妙に落ち着いた沈黙が私は嫌いではない。
支払いは受付で先に済ませる。総額表示で、下は27,000円から、上は37,000円ほどまで。コースの長さで金額が決まる仕組みで、女性はパネルの写真から選んで指名する形だ。フリーで入る手もあるが、私はこの日に会いたい相手が決まっていた。
テレビを流し見しながら待つこと十五分。時間ちょうどに呼ばれた。待たされないというのは、それだけで信用に足る。
扉の向こうに立っていた女性
扉が開いた瞬間、私は言葉を探しそこねた。
そういうことが、たまにある。
淡い黄に藍の花が散った浴衣。結い上げた髪に、白い花が一輪。夏の終わりにこの装いを頼んでおいたのは私自身なのだが、頭に描いていた絵とは別物であった。
えりさんは背が高い。169センチという数字は事前に知っていたが、浴衣を着るとその高さが縦の一本の線として際立って、立ち姿がそのまま一枚の絵になる。細いのに薄くはない。均整という言葉はこういう体のためにあるのだと言えよう。
聞けば、かっちりしたスーツでも、夏らしい軽装のお姉さん風でも、こちらが希望した装いで迎えてくれるのだという。柄にもなく、心の中で「やばい」と呟いた。四十半ばの男が使う語彙ではない。
湯気のなかで縮まった距離
向かい合って座り、まずは他愛のない話をした。私が以前ひとことだけ漏らした仕事の愚痴を、彼女は細かいところまで覚えていた。覚えているふりではない。話の枝葉に、こちらが言ったはずの固有名詞が自然に混ざるのだ。
実を言うとこの日の予定は、一度動かしている。
外せない用事が入り、前日の夜になって日程の変更をお願いする形になった。返ってきたのは「大丈夫だよ」の一言だけである。それでこちらの後ろめたさは消えた。直前の身勝手をこう受けてもらえる相手は、そう多くない。
浴衣の帯に手をかけたところから先は、書き方を選ぶことになる。抱き寄せたときの体温と、絹に近い布が肩から滑り落ちていく感触。非日常という言葉を、私はこの日ほど実感を持って使ったことがない。浴室へ向かうまでのわずかな時間で、時計の進み方が変わってしまった。
別れ際の一言と、私の採点
感覚だけで書くと、こうなる。
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★★
おっぱい ★★★★☆
アソコ ★★★★☆
感度 ★★★☆☆
性格 ★★★★★
星の数に収めてしまうと味気ない。彼女の本当の良さは、こちらへ向いてくれているという感覚が最初から最後まで途切れないところにあった。気遣いが性格の話で終わらず、技術として磨かれている。日記を覗くと、細かい工夫を重ねている様子が透けて見えるのもうなずける。
店を出ると、日はまだ落ちきっていなかった。70分は驚くほど短い。体感では半分である。
雑踏を抜けて、私は駅前のラーメン屋に入った。汗をかいた後に熱いものを食べるのは悪癖だが、この日はそれが妙に旨かった。帰りの電車で、次に頼む装いをもう考えている自分に気づいて苦笑した。四十半ばにもなって、われながら現金なものである。
再訪はする。店を出た時点で決まっていた。
ただし、扉が閉まってからの70分に何があり、彼女がどこまで応えてくれたのかは、誰でも読める場所に置く話ではない。続きと、私がその日に確かめたことは、限定エリアに記しておいた。