八月の五反田、私服指名という贅沢
金曜の午後、仕事を早めに切り上げて半休にした。五反田は毎週の乗り換えで通過するだけの街で、改札の外に出たことは数えるほどしかない。その日は今年いちばん暑い日で、駅前から目当てのホテル街まで歩く十分足らずのあいだに、シャツの背中がべったりと張り付いた。タクシーを使えばよかったと後から思うのも、私の毎度の悪癖である。
【五反田発】 痴漢電車or全裸入室。この店名の直球さに、私は前から引っかかっていた。
この手のコンセプトは、正直に言えば相性が難しい。以前に別のホテヘルで似た趣向を頼んだときは、女性のほうが段取りを急ぎすぎて、こちらの間の悪さだけが手元に残った。設定を用意されても、その設定を一緒に転がしてくれる相手でなければ何も始まらないのだ。だから今回は店の看板ではなく人を選んだ。写真の目つきに芯がある女性を一人だけ見つけ、制服ではなく私服で出てきてほしいという条件をつけて、六十分を押さえた。長くはない。ただ私は、量より質の側に立つ人間である。
セシルという三十四歳の女性
扉が開いた午後二時
先にシャワーを済ませ、髪を拭きながら待っていると、控えめなノックが二回。扉の向こうに立っていたのは、黒のミニワンピースを着た女性だった。制服でも下着でもない、街ですれ違ってもおかしくない服装。それが私の出した注文であった。
百六十センチという申告から想像していたより、実物は肩の線が細い。細いのに、胸元だけが服の内側から明らかに主張している。ワンピースの前が全面ジップになっていることに気づいたのは、彼女がベッドの端に腰を下ろした瞬間だった。
香水はほとんど匂わなかった。シャンプーの匂いだけがして、それが私にはありがたい。
「汗、すごいですよ。先に拭きましょうか」
第一声がそれで、私は少し笑ってしまった。色気で押し切ってくる人だと身構えていたぶん、拍子抜けしたと言ってもいい。声はやや低く、話す速度は遅い。三十四という年齢を隠す気がまるでないのが、かえって好ましかった。
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★★
おっぱい ★★★★★
アソコ ★★★★☆
感度 ★★★★☆
性格 ★★★★★
おっぱいに満点をつけるのは久しぶりである。Iカップという申告に嘘はない。重さがあるのに、位置が落ちていない。
背後から、指一本ぶんの距離
入り方は彼女に任せた。立ち上がって私に背を向け、吊り革を握る仕草をしてみせる。部屋のなかに電車はないので、実際に握っているのはカーテンレールの支柱である。この間抜けさを笑わずにいてくれるかどうか、私はいつもそこを見ている。彼女は笑わなかった。首だけをこちらに向けて、小さく頷いた。
背後から、まず肩に触れる。それから腕の外側を下へ。指一本ぶんの距離を保ったまま手のひらを滑らせると、生地越しに体温だけが伝わってきた。触れているのはこちらのはずなのに、主導権は向こうにある。呼吸の合わせ方が上手いのだ。腰のくねらせ方に演技の匂いがしないのも、この人の強みだと言えよう。
「そんなに、ゆっくりされると……」
語尾を飲み込む言い方をされて、私の手は前に回った。ここから先は、前ジップという構造がすべてを台無しにしてくれる。金具を一段下げた時点で、こちらの筋書きは崩壊した。設定を十分は楽しむつもりが、五分ももたなかったのだから情けない。彼女の力加減が絶妙すぎたと言い訳しておく。
帰りの山手線で考えたこと
六十分は短い。服を着ながら、彼女は駅の反対側にあるケーキ屋の話を始めた。私の誕生日でも何でもない日に、なぜケーキの話になったのかは今も分からない。ただ、その脈絡のなさに救われたのは確かである。見た目の派手さと会話の温度がここまでずれている人は珍しい。安心感の出どころは、たぶんそこにある。
ホテルを出てコンビニで冷たいものを買い、山手線に乗った。電車のなかで、私はもう次の予約のことを考えていた。足りなかったのは彼女の側ではなく、私が押さえた持ち時間のほうである。
もっとも、この看板が万人向けかというと、そうは思わない。段取りを一から説明しないと動けない相手に当たれば、痴漢も全裸入室もただの気まずい時間に化ける。逆に言えば、人さえ間違えなければこれほど遊びがいのある設定もない。私はその一点だけを頼りに予約を入れて、たまたま当たりを引いた。
六十分の中で実際に何があったのか、彼女がどこまで受け入れてくれたのか、そして次に指名するなら何時台を狙うべきか。そのあたりは限定エリアに書き残しておいた。