三度目の百人町、雨上がりの金曜
仕事を早めに切り上げて大久保駅に降りたら、夕方まで降っていた雨がちょうどやんだところだった。アスファルトがまだ黒く光っていて、コリアンタウンのほうから流れてくる甘辛い匂いが湿った空気に貼りついている。金曜の百人町は、駅前の人だかりから一本入るだけで急に静かになる。この落差が毎回おもしろくて、待ち合わせより早く着いてもわざわざ遠回りして歩くようにしている。
新大久保おいしい奥様を最初に使ったのは去年の暮れだった。あのときは勝手が分からなくて少し焦った。
デリヘルなので店舗の待合はなく、こちらでホテルを取って部屋で待つ形になる。大久保通り沿いにも職安通り側にも部屋はそこそこあって、駅から徒歩で困った覚えがない。指名は写真を見て選ぶ形式で、指名料が千円だけ上乗せになる。この千円をケチったことは一度もなかった。指名は裏切らない、というのが何年か遊んできての実感だった。
案内はチャットで完結して、余計なやり取りが挟まらない。到着を伝えてからドアがノックされるまで、この日は十五分ほど。前回は三十分近く待ってテレビのチャンネルを意味もなく回していたけれど、今回はシャワーを浴び終わる前にインターホンが鳴って、慌ててバスタオルを巻くことになった。
白いカーディガンの人がドアの向こうにいた
まず目に入ったのは服とネイルだった
つかさは三十六歳。写真の印象そのままで、足し算も引き算もされていない。白い薄手のカーディガンに、灰色のレースのロングスカート。玄関先で靴を揃える指先が淡いベージュに整えられていて、その手の動きのほうを先に見てしまった。おしゃれというのは服の値段ではなくてこういう細部のことなんだろうな、と部屋に入ってから思った。
「お邪魔します、雨は大丈夫でした?」と、こちらが何か言うより先に声をかけてくれる。
身長は百六十六センチある。並ぶと目線が近い。細身なのに骨っぽさがなくて、腕をとったときにやわらかさのほうが返ってくる。清潔感なんて言葉はふだん使わないのだけれど、この人については他の言い方が思いつかなかった。笑うと目尻が下がって、三十代半ばの女性の余裕みたいなものが顔に出る。
ルックス ★★★★☆
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★☆☆
アソコ ★★★☆☆
感度 ★★★☆☆
性格 ★★★★★
乾杯してからの十五分
冷蔵庫から缶ビールを二本出して、テレビは野球の中継をつけたまま音だけ絞って乾杯した。点差がとっくに開いていて、「これ、もう決まっちゃいましたね」と彼女が笑う。時間の作り方がうまい人だと思う。
前回はこちらが話を振らないと会話が途切れる場面があった。今回は逆で、前職がアパレルだった話から、最近お菓子作りにはまっている話まで、向こうから枝が伸びてくる。三回目でようやく本領発揮というやつだった。缶が汗をかいて、コースターがぐっしょりになるくらいには喋り込んでいた。
急かさない。こちらのペースを見て、間の詰め方を測ってくれる。落ち着いた声のトーンが最後まで変わらないので、こちらの呼吸のほうが勝手に合っていく感じがあった。
九回裏、テレビの音を完全に消した
話の切れ目で彼女がリモコンを取って、画面を落とした。部屋の隅にあった音が消えて、エアコンの低い唸りだけが残る。設定温度が下がりきっていて、この部屋は正直に言って寒い。ホテル選びを間違えたなと思ったけれど、そのあと寒さを気にしている余裕はなくなった。
距離の詰め方が、前回とははっきり違った。
ここから先の九十分は限定エリアのほうに書く。三度通ってようやく見えたものがあって、それは一回目の自分には絶対に分からなかった類のものだった。さっき指名料の千円の話をしたけれど、あの千円で買っているのはたぶん技術ではなくて、こういう積み重ねのほうなんだと思う。
ドアが閉まったあとの部屋
帰り際、彼女は忘れ物がないかを二度確認して、こちらの上着の襟を直してから出ていった。ドアが閉まってから消したはずのテレビをもう一度つけたら、試合はとっくに終わってヒーローインタビューも流れ終わっていた。
シャワーを浴びて外に出たら、また少し降りはじめていた。
そういえば夕飯を食べていなかったので、駅前でラーメンを一杯だけ食べて帰った。まじで、こういう日の一杯は余計にうまい。次に会うときは四回目になる。何を持っていこうか、電車のなかでずっと考えていた。