優里さんへ、と書き出してみたけど
七月の頭に会った人のことを、いまだに技術メモみたいに何度も読み返している。ハールブルクの牧村優里さん。三十一歳。162cmという数字だけは事前に知っていたのに、実際に向き合ったときの背筋の伸び方までは想像できていなかったんだよね。
手紙のつもりで書き始めてみる。そのほうが正直に書ける気がするから。
その日は出張の帰りだった。火曜の夜、仕事を終わらせてからそのまま吉原に向かった。普段は午前中の一枠目に入ることが多いので、夜の吉原を歩いたのは久しぶりで、街の照明の量が昼と全然違うことに素で驚いた。ホテルにキャリーケースを置いてきたつもりが、翌朝の会議資料を鞄に入れっぱなしにしていて、待合室でそれに気づいて一人で笑った。会議資料を抱えてソープの待合室にいる三十代というのは、なかなか間の抜けた図だと思う。
ここで先に白状しておく。予約でしくじったんだ。一週間前に連絡したら、狙っていた時間帯はもう埋まっていた。人気のある人だというのは知っていたけど、一週間前で埋まるとは思っていなかった。諦めきれずに日程を前日に前倒しして、もう一度確認してもらってようやく席が取れた。この段階でもう、こっちの計画は半分崩れている。
あの晩の三階まで — ハールブルクにて
送迎をお願いした。夜の時間帯だったせいか同乗者はいなくて、車内は静かだった。店に着いてから一度トイレを借りて、歯と身支度をやり直した。ここは毎回やっている。相手に不快な思いをさせない準備は技術以前の話だと思っているから。
エレベーターの中で言葉が出なかった
トイレから戻ってすぐ名前を呼ばれた。エレベーターの扉が開くと、もう中で待ってくれていた。
で、固まった。
写真では口元が隠れていることが多い人で、勝手に可愛らしい方向を想像していたんだけど、実物は完全に別方向だった。落ち着きと気配りが先に立っている大人の人。ニュースを読む人みたいな佇まいと言えば伝わるだろうか。シルバーベージュのロングドレスが、162cmの上でまっすぐ落ちている。かちり、と扉が閉まる音でようやく我に返って、口の中で挨拶をもごもご言うのが精一杯だった。
五階で扉が開いたところで、彼女が小さく「階を間違えました」と言った。そのまま三階に押し直す。人気のある人ほど手順が完璧すぎて隙がないものだと思い込んでいたので、ここでちょっと肩の力が抜けた。うわ、この人こういうところあるんだ、と。
寝技が先に来る、という順番の話
部屋に入って、お互い簡単に自己紹介をした。ベッドの縁に腰を掛けたところで脱衣を手伝ってもらったんだけど、会話が弾みすぎて、正直どういう手順で脱がされたのかを覚えていない。気がついたら身ぐるみ剥がれてタオルだけ掛けられていた。これ、技術としてはかなり高度なんだよね。手の動きに意識を向けさせないというのは、要するに会話のほうで注意を全部持っていっているということだから。
「私のも脱がしてください」と言って背中を向けられる。ドレスの背中のファスナーを、じー、と下ろす。この一手を客にやらせるのも設計だと思う。自分でやったほうが早いのに、あえて渡してくる。
ここまでが、書ける範囲。
ここから先は、まだ書けない
ひとつだけ順番の話をしておくと、自分がこれまで通ってきた店では、ベッドの縁に腰を掛けた段階でこちらへの奉仕が始まる流れが多かった。ところがこの晩は、そこを飛ばしていきなり寝技側から入ってきた。手順が逆なんだ。逆なんだけど、逆であることの説明が体で全部ついてくるので、こっちは黙って従うしかなくなる。
洗い場でも湯加減を先に聞かれた。細かいことなんだけど、そういう一手が全部入っている。
唯一もったいなかったのは、終わりの十分で慌ただしくなったこと。会話が楽しすぎて残り時間の管理を完全に放棄していたのはこちらの落ち度で、結果として最後のシャワーが局所だけになった。次に行くときは、時計を一度でも見る自分でいたい。
帰りの電車で、翌朝の会議資料を鞄から出してみたけど、一文字も頭に入らなかった。手順のメモを取るみたいに、あの晩の順番を頭の中で並べ直していたからだ。
手順の話をきちんと書けるのは、ここから先。