午前四時、夜勤が終わる
四月半ばの夜勤明け。工場を出た時点で空はまだ暗く、風だけが妙に生ぬるかった。帰って寝れば済む話だった。分かっている。
それなのに、駅のホームで反対方向の電車を待っていた。こういう夜がたまにある。体は限界なのに頭のどこかが冷めて眠れない。そういうときは、素直に諦めることにしている。
始発の車内でうとうとして、危うく乗り過ごすところだった。日が昇りきる前に着いてしまったので、コンビニの駐車場で缶コーヒーを飲みながら開店を待つ。この時間帯の吉原は静かで、掃除の音と鳥の声しかしない。夜の顔しか知らない街の、素の表情を見ている気分になる。
気になっていた何人かが出勤していたので、シャトーペトラに決めた。理由はそれだけだ。深夜に働いていると、こういう雑な決め方が増える。考える体力が残っていない。
この街はいくつも店があるが、朝の早い時間から動いている箱は限られる。夜勤明けにそのまま流れ込める選択肢が何軒あるかを把握しておくのは、この生活をしている人間にとっては地味に重要だ。深夜二時に思い立っても、たいていの店はまだ眠っている。
写真を並べられて、二人で迷った — 鈴花のこと
受付で写真を何枚か出された。電話ではなく現地で決める形だ。応対そのものは素っ気なかった。悪くはないが、温かくもない。眠い頭にはむしろこれくらいが楽だったので、文句を言う気はない。
二人で迷った。片方は明るい雰囲気、もう片方が鈴花。写真から漂ってくる色の濃さが違いすぎて、最終的にはそこで決めた。夜勤明けの頭で細かい理屈をこねる元気はない。目に引っかかったほうを選ぶ。それだけだ。
二十分ほど待った。待合室の椅子で、たぶん一度落ちていたと思う。名前を呼ばれたとき、自分がどこにいるのか一瞬分からなかった。この時間帯に来ると毎回これをやる。
部屋に入って、想像が裏返る
案内された部屋は広かった。窓から入る朝の光で、思っていたより明るい。この店は箱にちゃんと金をかけている。夜の暗さでごまかす作りではない。
そして鈴花が来た。写真のままだった。修整で作った顔ではなく、実物のほうが情報量が多い。三十代後半という年齢を隠す気がまったくないのに、そこから立ちのぼるものが濃い。若い子には出せない類の濃さだ。
「お待たせしました。ゆっくりしていってくださいね」
それから床に手をついて、昔ながらの丁寧な挨拶をされた。三つ指、というやつだ。この所作をきちんとやる子は最近そう多くない。老舗の空気が一気に部屋に入ってきて、眠気が少し飛んだ。
さわりだけ書いて、あとは夜明け後の独白
しばらく座って喋った。夜勤明けだと伝えたら、それだけで扱いが変わった。急かさない。こちらの呼吸に合わせてくる。
何時から働いていたのか、何時間寝ていないのか、そんな話を淡々と聞かれた。同情されるわけでもなく、感心されるわけでもない。ただ受け止められる。この距離感が、疲れた体には一番ありがたい。
笑い方が独特で、口の端だけ上がる。声を出して笑わない人だ。それがまた色っぽい。
ベッドの縁に腰かけたまま、距離が詰まった。舌の絡め方が、若い子のそれとは根本的に違う。急がないのに逃がさない。ああ、これだ、と思った。この時間に起きているだけの価値はあった。
そのまま手伝われて、こちらだけ何も着ていない状態にされる。この順番が妙にきいた。
ここから先は限定公開のほうへ回した。夜勤仲間には、そっちを読んでもらったほうが早い。
不満を一つだけ書いておくと、水回りが少し古い。使えないわけではないが、部屋の広さと明るさに比べると年季が見える。それと電話の応対は、期待しないほうがいい。行けば分かる、というタイプの店だ。
帰りは日が高くなっていた。近くの牛丼屋で朝定食を食って、電車で寝て、部屋に着いたのは昼前だった。カーテンを閉めて布団に入る。疲れているのに、悪くない疲れ方だった。
眠る前にひとつ思ったのは、夜勤明けにこの街まで来る意味は、たぶん抜くことじゃないということだ。人に丁寧に扱われる時間が欲しかっただけなのかもしれない。