るのへ、遅れて届く手紙
きみに宛てて書くのは、これが最初で、たぶん最後になる。
面と向かって言えなかったことが、帰りの道でいくつも浮かんできた。手帳の端に走り書きしたそれを、忘れないうちに清書しておきたかった。あの金曜の午後、千束の小さな部屋で過ごした時間のことだ。
読むかどうかは、きみに任せる。
千束四丁目、雨のあとの金曜の午後
その日は朝から仕事に身が入らなかった。午前の打ち合わせが長引いて、昼はコンビニのおにぎりを電車の中で一つだけ食べた。窓の外は灰色で、車内の湿った匂いがずっと鼻に残っていた。
駅を出たところで雨がやんだ。十月の終わりの雨は思っていたより寒い。傘をたたむと、指先が少しかじかんでいた。そこから徒歩で吉原の通りへ入る。昼の街は夜よりずっと静かで、看板の明かりも眠そうに見えた。
プラチナステージ 吉原の受付で、予約していた名前を伝えた。奥へ通されて支払いを済ませると、すぐに「三号館へどうぞ」と案内された。荷物はロッカーに預ける仕組みで、鞄と濡れた傘をそこに置いていく。余計なものを持ってこなければよかった、と少し焦った。財布と携帯だけで十分だったのだ。
吉原に来るのは久しぶりだった。前に来たのは真夏の夜で、汗だくのシャツのまま通りを何往復もした記憶がある。あの頃は店の名前も女の子の顔も、写真と数字だけを頼りに選んでいた。今回は違った。ページに並んだ写真の中で、きみだけが少し困ったような目でこちらを見ていた。理由はそれだけだ。それだけで、金曜の午後を空けた。昼の吉原は人通りが少なく、客引きの声もない。角を曲がるたびに似たような建物が現れて、地図を見ながら一度だけ道を間違えた。
ほんの数分のことなのに、時計ばかり見ていた。
三号館までは歩いてすぐだった。濡れたアスファルトに、どこかの店の赤いランプが細長く映っていた。
ドアが開いた瞬間のことは、たぶんずっと覚えている。
まず目に入ったのは、肩から胸もとへ流れる長い黒髪だった。さらさらと音がしそうなくらい真っ直ぐで、照明を受けて少しだけ青く光っていた。それから唇。ふっくらとしていて、笑う前からもう笑っているみたいだった。新しいワンピースだと言っていたね。淡い色が、きみの白い肌によく似合っていた。
「はじめまして。寒くなかったですか」
そう言って、きみはクスっと笑った。声は思ったより低くて、柔らかい。緊張していたのはこちらのほうで、靴を脱ぐのに手間取って、また少し恥ずかしかった。
背はすらりと高い。腰のところがきゅっと細くて、なのに胸もとには目のやり場に困るほどの丸みがある。服の上からでも分かる線の美しさに、思わず視線をそらした。そらした先の鏡に、ぼんやり立っている自分が映っていて、それがなんだか可笑しかった。
六つの星で、きみを残しておく
ルックス:★★★★★
スタイル:★★★★★
おっぱい:★★★★★
アソコ:★★★★☆
感度:★★★☆☆
性格:★★★★★
星をつけるのは野暮だと分かっている。それでも、あの午後を誰かに伝えるには、これくらい分かりやすい印が要る気がした。
首すじに触れた指先のこと
シャワーの間、きみはずっと話してくれた。好きな食べ物はお寿司で、最近は休みの日に買い物ばかりしている、と。どうでもいいような話なのに、湯気の向こうで笑う顔を見ていると、時間の流れ方が変わった気がした。
そういえば、あのとき鏡が曇っていて、きみが指で小さな落書きをしたね。何を描いたのかは、最後まで教えてくれなかった。
話しながら、きみはこちらの背中を泡で包むように洗ってくれた。手のひらが肩甲骨のあたりをゆっくり往復する。力の入れ方がちょうどよくて、仕事で固まっていた首のあたりがほどけていくのが分かった。言葉より先に、手が丁寧な人なのだと思った。湯をかけてもらうたびに、湯気の向こうでまたクスっと笑う。何がおかしいのか聞くと、「肩、すごく凝ってますね」とだけ言った。図星だったから、黙ってうなずくしかない。
部屋の明かりを少し落としたところで、空気が変わった。
さっきまでおしゃべりだったきみが、ふっと黙る。目つきが変わる。こちらの肩に手を置いて、何も言わずに距離を詰めてくる。その切り替わりの速さに、まじで驚いた。おっとりした人だと思っていたのに、ここから先は全部、きみが手綱を握っていた。
「首、弱いんです」
耳もとでそう言われて、試しに指先で首すじをなぞった。きみの肩が小さく跳ねた。そのとき触れた肌のすべすべした感触は、まだ指に残っている。
ここで一度、筆を止める
この先の六十分を、ここに書いてしまうのはもったいない。
帰り道、駅前のラーメン屋の湯気を横目に通り過ぎた。腹は空いていたのに、何かを口に入れたらあの余韻が消えてしまう気がして、入れなかった。電車の窓に映る顔が、行きよりずいぶん穏やかに見えた。
この先の想いは、限定公開に記す。読みたい人だけ、そっと封を開けてほしい。