九月の最後の土曜日。横浜はまだ半袖でいける暑さだった。
湘南新宿ラインで北へ、池袋の土曜の午後
湘南新宿ラインの窓の外を、多摩川の鈍い光がゆっくり流れていった。渋谷を過ぎたあたりで車内が急に混みはじめ、隣の青年のイヤホンから漏れるドラムの音だけが、ずっと同じリズムを刻んでいた。
池袋に着いたのは十四時少し前。
北口の改札を抜けると、土曜の人波が一気に押し寄せてくる。この街の北口は、いつ来ても歩きにくい。キャリーケースを引いた観光客と、昼から酔っている若者と、客引きの黒いスーツ。その三つを避けながら歩道を進むうちに、シャツの背中がじっとり張りついてきた。
腹が減っていたので、西口公園の手前の立ち食いそばに寄った。かき揚げが半分つゆに沈んで、衣がふやけていく。こういう店のそばは、なぜか遠出した日にだけうまい。三百円台で腹が落ち着くと、ようやく気持ちが追いついてきた。
デリス池袋に予約を入れたのは前の晩のことだ。九十分。彼女だけが受けているエステのコースを付けるには、前日までに押さえておく必要があった。
ホテルは北口から五分ほど歩いた先の、古いビジネス寄りの一軒。部屋は狭く、エアコンが「ごう」と低い音を立てて、止めると今度は蒸し暑い。ベッドの端に座って、窓のブラインドの隙間から向かいのビルの非常階段を眺めていた。
ノック二回のあと、戸口の背の高い人
グレーのワンピースと、鼻先に添えた指
約束の時刻ちょうどに、ノックが二回。
ドアを開けると、背の高い女性が立っていた。グレーのニットのワンピースに、ゆるく巻いた髪を片側にまとめている。顔が驚くほど小さい。目が大きくて、白目が澄んでいた。
「はじめまして、もえかです。暑かったでしょ」
笑うとき、指先を鼻の下にそっと添える。それが癖らしく、その日のあいだに何度も見た。写真で見ていた顔と、目の前の顔とのあいだに、ずれがほとんどない。こういうことは案外めずらしい。
手の甲に触れた、少しだけ冷たい肌
靴を脱ぐとき、彼女がよろけかけて、とっさにこちらの腕をつかんだ。その手の甲がひんやりしていて、肌の表面がもちもちと吸いつく感じがあった。白い、というより、光を内側に溜めているような白さ。
「ごめん、このあいだ派手に転んでから、ちょっと足元が信用できなくて」
そう言って膝を見せてくれた。薄くなった痣がひとつ。ちゃんと食べてるの、と聞くと、食べてるよ、韓国エステに通い始めたら顔がむくまなくなったんだよね、と話がそのまま別の方向へ転がっていった。
オイルの匂いと、先に交わした言葉
彼女はコンビニの袋から缶のハイボールを二本取り出した。一本をこちらに渡して、自分のぶんをためらいなく開ける。
酒が強い。ひと缶目が空くのが、こちらの半分の時間だった。話題は最初、池袋の土曜の混み方への愚痴だったのに、気づけば好きな漫画の話になり、深夜アニメの作画の話になり、彼女がいま推している声優の話にまで降りていった。こちらがかろうじて付いていける範囲で、きちんと返してくれる。オタク同士の会話にある、あの遠慮のない速さがあった。
途中で、ふと真顔になってこう言った。
「この仕事、人と人の関係がいちばん大事だと思ってて。どっちかがずっと我慢してる時間って、もったいなくない?」
それがこの夜の約束事になった気がする。
ひと息ついてから、シャワーへ。泡を手のひらで広げて、肩から背中へ、指の腹で円を描くように洗っていく。その動きが、ただのシャワーのそれではなかった。以前メンズエステにいたことがあると聞いて、ようやく腑に落ちた。力の抜き方と、ためる場所がちゃんとある。
部屋に戻ると、ラベンダーに少し柑橘を混ぜたようなオイルの匂いが、エアコンの風にのって漂っていた。
この先の九十分は、限定エリアに記す。
ルックス:★★★★★
おっぱい:★★★★☆
スタイル:★★★★★
アソコ:★★★★☆
性格:★★★★★
感度:★★★★☆
ホテルの廊下で、一度だけ振り返った
帰りぎわ、彼女はエレベーターの前で振り返って、また鼻先に指を添えて笑った。「またね」とは言わず、「楽しかったね」とだけ。その言い方が妙に対等で、こちらの方が礼を言いそびれた。
外に出ると、空は曇っていた。少しだけ風が涼しい。北口の人混みは相変わらずで、ああ、帰りも歩きにくいな、と苦笑しながら駅の方へ歩いた。
あの九十分の続きと、彼女に会うための段取りは、限定エリアに置いておく。