国分町から南下して、奥様専門の店へ
国分町は、金曜の夜になると一番町のアーケードのほうから人が流れてきて、二十二時を回るころには歩道を斜めにしか歩けなくなる。俺はもう十何年この街で遊んでいるが、この辺の店は「若い子を数で揃える」方向と「奥様に一点集中する」方向にきれいに割れていて、後者のほうが当たり外れの幅が狭いというのが持論だよ。
今回入ったのは、その奥様側の一軒。SUTEKIな奥様は好きですか?という、名前が長くて口に出しにくいことで知られている店だ。仙台駅から地下鉄で広瀬通か勾当台公園まで出て、そこから立町のあたりまで下りていく圏内が主戦場になる。ホテルの選択肢が多い一帯だから、待ち合わせの段取りで詰まったことは一度もなかったな。
受付から案内までの流れも淡泊で助かった。指名する相手と時間と入る場所を決めたら、あとは部屋番号を伝えるだけ。待合に通されて雑誌をめくるような時間はゼロだ。俺みたいに人の目を気にする人間には向いている。基本は写真を見て決める形で、スタッフも「日記のほうを見て決めました?」と当たり前みたいに聞いてきた。
その日は十月にしては生ぬるい雨で、傘を差すか迷う程度の降りだった。国分町のこの湿った感じは嫌いじゃない。
雨の匂いがする夜だった。
時間の刻み方が細かい店だった
ここで一番助かるのがコースの刻み方だ。七十分の次が七十五分、といった細かさで並んでいて、こっちの終電や次の予定に合わせて削れる。俺が入ったのは七十分で一万八千円、室料は別。この層の奥様を七十分でとなると、体感では平均かちょい下だったな。
ただ、パターンが多すぎて初見だと選ぶのに時間がかかる。俺も表を三回見返した。この点は正直、もう少しまとめてくれていいと思っている。
仙台の奥様系のなかでの位置
仙台で遊ぶなら、奥様系は「熟し方で売る店」と「見た目の若さで売る店」に分かれる。ここは完全に後者寄りだ。年齢の欄が三十代でも、写真だけ見せられたら二十代半ばと答える客のほうが多いと思う。同じ価格帯の店と並べると、顔の平均値でひとつ抜けている印象だった。
ちとせという女性の輪郭
ちとせを選んだのは、完全に日記のせいだ。文章が短いくせに、妙に引っかかる言い回しをする。写真の盛り具合より、そっちで「この人は話が通じるな」と思ったのが決め手だったな。
実物は百六十三センチ。肩から腰までのラインに余計な厚みがない。細身なのに胸のところだけはちゃんと残っているタイプで、この組み合わせは仙台の奥様枠だとそんなに転がっていない。目のはっきりしたキレイ系の顔立ちで、笑うと一気に崩れて幼くなる。この落差が効くんだよ。
スタイルの話をもう少しすると、細いことより、細さの質のほうが珍しい。骨っぽく痩せているのではなく、触ると柔らかいところはちゃんと柔らかい。年齢を重ねた体の柔らかさが残っている細身で、これは二十代の子には出せない質感だと思っている。
会って一番驚いたのは、見た目ではなく口のほうだった。
話が面白い。単に明るいのではなく、こっちの一言を拾って三倍にして返してくる。「それ、さっきの話とつながってないですよ」と真顔で指摘されたときは、おいおい、まじで俺のほうが客だということを忘れていた。相性が良いというのはこういうことを言うんだと思う。黙っている時間まで含めて、こっちに付き合わせている感じがしない。
ルックス ★★★★★
スタイル ★★★★☆
おっぱい ★★★★☆
アソコ ★★★☆☆
感度 ★★★★☆
性格 ★★★★★
アソコだけ三つにしたのは、そこが弱いという意味ではない。俺がそこを吟味する余裕を持てないまま終わったからだよ。理由は限定側に書いた。
書けるのはドアを閉めた直後まで
部屋に入って、彼女が上着を椅子にかけて、こっちを見て最初に何と言ったか。そこまでは書ける。「今日、思ってたより顔が疲れてますね」だ。初対面でこれを言われて、俺は笑うしかなかった。
シャワーまでの導線も、脱ぐ順番も、全部向こうが決めた。俺は流されていただけだよ。癒し系という看板に嘘はないが、癒し方が受け身ではない。手を引かれて連れていかれる側の癒しだった。
ここから先、こっちの注文がどう扱われたのか、時間をどう使われたのかは、投稿者限定のほうに全部置いた。名前も店も出してしまっているから隠す意味はないが、中身だけは限定エリアで読んでほしい。
そういえば、その日は昼から何も食っていなかった。
帰りは広瀬通まで歩いて、途中のコンビニでずんだ餅を買った。もちもちしたやつを深夜に立ったまま食う背徳感のほうが、その日はよっぽど記憶に残っている。仙台で遊ぶなら、この締め方は悪くないよ。