水曜の夜でした。取引先との会食を予定より早めに切り上げ、コートを腕にかけて送迎の車に乗り込んだのが21時前だったと思います。10月も終わりに近づくと、車内の暖房がありがたく感じられる。運転手の方がコートを畳む場所を先に空けてくださって、この時点で今日は良い夜になると思ったものです。
車を降りたところで、以前一緒に仕事をした方によく似た男性が向かいの歩道を歩いていきました。心臓に悪い。別人だとわかるまでの数秒間だけ、私はコートの襟を立てて下を向いていました。情けない話です。
この日も案内されたのは姉妹店のほうでした。いつものことですが、初めての方には少しわかりにくい導線ではあります。慣れてしまえばどうということはありませんが、案内板がもう一枚あってもいいのではないですかね。
私がこの店に通い続けている理由は、突き詰めれば空間の管理が徹底しているからです。廊下の匂いに雑味がない。芳香剤で塗り固めるのではなく、清掃の積み重ねでそこに至っている匂いというのが確かにあって、それは一度知ってしまうと他所で気になって仕方がなくなります。良いホテルと同じ構造ですね。
inline_5494_1.jpg
83.5 KB
邂逅 — 澪さんという方
待合の15分
待合室で15分ほど待ちました。ここの照明はやや明るめで、私のように落ち着かない人間には少しばかり眩しい。ただ、椅子の座り心地とグラスの出し方は非の打ちどころがありません。ことり、と音を立ててコースターの上に置かれる、その所作ひとつで店の水準が知れる。空間そのものが特別だと感じさせる店は、こういう細部を絶対に落としません。
名前を呼ばれて立ち上がるとき、いつもより深く息を吸っていました。
所作という一点
可愛らしさについては、申し上げるまでもありません。目が大きく、口元が小さく、笑うと目尻がやわらかく崩れる。写真で拝見していた印象と実物のあいだに、落差がまったくない方です。
ただ、私が毎回感心するのはそこではないのです。上着を受け取る手の高さ、廊下でこちらの半歩前を歩く距離の取り方、扉を押さえて先に通してくださるときの目線。すべてが自然で、教えられた通りにやっているという硬さがない。この年齢でこの所作ができる方は、そう多くありません。格が違うというのは、こういうところに出るのだと思います。
もうひとつ申し上げておきたいのは、声の高さと話す速度です。この方は少しだけゆっくり話される。相手に合わせて速度を落としているというより、もともとそういうリズムの方なのでしょう。急かされている感覚が一切ないので、こちらも自然と早口が直っていく。廊下を歩きながら交わした二言三言だけで、その日の呼吸が整っていました。
幕が上がるまで
部屋に入るなり、何も言わずに抱きしめてくださいました。
これが毎回なのです。私は何度お会いしても緊張する性質で、その硬さを毎回一瞬で見抜かれている。すうっと肩の力が抜けていくのが自分でもわかりました。背中に回された手の位置が、ぴたりと落ち着くところに置かれている。この一手の的確さこそが、この方の本領だと私は思っています。
それから椅子のほうへ促され、腰を下ろしました。
顔を寄せられて、そのままキスをしながら服を脱がせていただきます。片手が首の後ろに添えられたまま、もう一方の手だけがボタンを外していく。この間、唇はほとんど離れません。急いでいる様子は微塵もないのに、気がつけば身につけていたものがなくなっている。手際が良すぎて、途中の記憶が抜け落ちています。
私のほうは、この時点でもう平常ではありませんでした。
部屋そのものについても触れておきます。調度は華美ではなく、間接照明の落とし方が的確でした。明るすぎると生活感が出てしまい、暗すぎると相手の表情が読めなくなる。その中間を正確に取っている。鏡の位置も、座ったときに視界へ無理に入ってこない角度に置かれていました。設計した方が何を大事にしているかが伝わってきます。
この先に何があったかは、投稿者限定のほうに書かせていただきます。恥ずかしい部分も含めて、正直に残しておきました。上質な時間を求める方に、この方の名前を覚えて帰っていただければと思います。