あの晩の始まり
日暮里の送迎車に揺られながら、窓の外を眺めていた。3年ぶりのソープ。最後に来たのがいつだったか、正確には覚えていない。4月の頭だった。仕事帰りのスーツのまま乗り込んだから、スーツの背中が汗ばんでいた。春の夜はまだ少し肌寒いのに、車内は暖房が効きすぎている。同乗者を拾いながら車は吉原の通りに入っていく。見慣れたはずの風景が、3年の空白を経て新鮮に映る。ネオンの色合いが前と少し変わった気がした。同乗者の二人組が嬢のランキング談義を始めていたが、聞き耳を立てる余裕はなかった。
お店に到着。「本日は満室のため系列店へご案内します」。金曜とはいえ平日で満室とは、さすが吉原の名店だ。系列店に移動。タクシーで5分くらいだった。きれいな待合室に通されて10分ほど待機。ふかふかのソファに沈み込むと、ふぅ、と息が漏れた。壁に掛けられた風景画を眺めながら、ことり、とカップをテーブルに置いて、そわそわした落ち着かなさを感じていた。
ただ、受付の声が事務的だったのは引っかかった。電話の時もそうだった。こっちは3年ぶりで内心そわそわしてたんだけどな。まぁ人気店で忙しいんだろうけど、初めての客にはもう少し柔らかくてもいいんじゃないか。ぶっちゃけ言うと、この受付対応は残念だった。
3年の間に何が変わったのか。吉原の通りは相変わらずだった。変わったのはこちらの方だ。年を重ねて、風俗に求めるものが変わった。刺激よりも、安らぎを。若い頃は新しい嬢を開拓することに興奮を覚えていた。今は「この人に会いたい」と思える嬢を探している。HPでエマの写真を見た時、直感的にそう思った。クールビューティー系の凛とした表情に惹かれたのだ。
エマという女
部屋のドアを開けた。エマが立っていた。
HPの写真通り、スラッとした体型がドレス越しにもわかる。クールビューティー系で、凛とした佇まい。近寄りがたい雰囲気。だが、それがいい。カーテン越しの街灯が部屋をオレンジに染めていて、その光の中に立つエマのシルエットが綺麗だった。Dカップのバスト、色白の肌。最初の挨拶は短く、「よろしくね」の一言だけ。声のトーンが低い。ドアがかちゃり、と閉まった。二人きりの空間。どこか影のある魅力を湛えた声。
そういえば待合室で隣に座っていたおじさんが「久しぶりだと緊張するよね」と話しかけてきた。完全に自分のことだ。苦笑いするしかなかった。
ソファに並んで座ると、エマがお茶を淹れてくれた。かちゃ、とカップがソーサーに触れる音。ほうじ茶の香りが広がった。部屋は思ったより広くて、ベッドの横にちょっとしたリビングスペースがある。間接照明がオレンジ色に灯っていて、高級ホテルのラウンジみたいだった。会話を始めると、クールだったエマが少しずつ砕けてきた。サバサバした性格で、キッパリものを言う。業界の裏話や常連さんのエピソードがぽんぽん出てくる。「そんなことまで話して大丈夫?」と聞いたら「別にいいよ、隠すようなことじゃないし」と笑った。歯に衣着せない物言い。「常連さんが差し入れに激辛カレー持ってきてさ、受付がドン引きしてたよ」とけらけら笑っていた。クールビューティーの外見の奥に、気取らない人懐こさが隠れていた。こういう裏表のない嬢は珍しい。ソープに何十回と通ってきたけど、最初の30分でこんなに自然体で話せたのは初めてかもしれない。エマが笑うと目尻に小さなシワができて、作り物じゃない笑顔だとわかった。
正直に書く。3年ぶりのソープで、体は正直だった。こわばりが勝って、最初は思うようにいかなかった。具体的なことは有料パートに書くが、50代の体は素直じゃなかったということだ。エマの前で情けなかった。でもエマは慌てず、「大丈夫、ゆっくりでいいからね」と言った。あの一言で、何かが変わった。
湯船の提案
しょぼくれた顔をしていたんだろう。エマが「お風呂入ろう」と声をかけてくれた。
湯船に二人で浸かる。蒸気の中で、エマの肌が湯気にうっすらと包まれている。「3年も来なかったんでしょ。体がこわばってるだけだよ」と肩を揉んでくれた。お湯の匂い。エマの髪からほのかに甘い香りがする。シャンプーの匂いだろうか。ざぶん、とお湯が揺れた。こわばった筋肉がじわじわと解れていくのがわかった。天井を見上げると、蛍光灯の光が水面に反射してゆらゆら揺れていた。湯気の向こうで、エマの鎖骨のラインがぼんやり見えた。こういう時間が欲しかったのかもしれない。帰りの日暮里駅までどうやって帰ろうかな、なんてどうでもいいことを考えていた。
「ちょっと試したいことがあるんだけどいい?」
エマが微笑んだ。あの微笑みの先に何があったかは、限定公開に記す。結果だけ言えば、3年ぶりの体を救ってくれたのは、テクニックでも若さでもなく、エマの余裕と優しさだった。帰り道、送迎車の窓から見えた吉原の街灯が妙にきれいだった。