訪問の経緯
鶯谷という街に足を向けるのは、実に久しぶりのことであった。普段であれば、馴染みの嬢のもとへ赴くのが私の流儀なのだが、この日は少々気まぐれを起こしたのだ。仕事が早く片付いた金曜の夕刻、どこか新しい扉を叩いてみたくなった。鶯谷の韓デリには以前から関心を持っていた。韓国の女性特有の、あの柔らかな肌の質感に惹かれることがあったのだ。
サイトの写真を眺めながら、背の低い、ふくよかな体型の女性に目が留まった。私は以前から、コンパクトな体に包まれるような密着感を好む傾向がある。「冒険も悪くないだろう」——四十を過ぎたおっさんが何を言っているのか、と後で思い返すことになるのだが——そんな軽い気持ちで指名を決めた。今にして思えば、その判断をもう少し慎重にすべきであったのだが。
逢瀬の記録
邂逅
ホテルの部屋で待つこと十数分。ドアが開いた瞬間、私は自分の表情を取り繕うのに全神経を集中させねばならなかった。
ぶっちゃけ、写真と現実との間に、かなりの差があった。サイトに掲載されていた写真からは三十代前半程度の印象を受けていたのだが、お会いした方はそれよりも随分と年上に見えた。だいぶ。加工ってのは罪作りだ。
それでも紳士たるもの、表には出すまい。にこやかに挨拶を交わし、部屋へ。低身長で、体にはそれなりのボリュームがおありだった。「まあ……想定の範疇ではある」と自分に言い聞かせつつも、心のどこかで馴染みの嬢の面影がちらつく。ああ、あの子に会いたい。
密着
シャワーをご一緒した。動作は手慣れたもので、丁寧にお体を洗ってくださった。この点は評価に値する。韓国の方特有の、柔らかく白い肌の質感は確かに悪くなかった。けど、気になったのは、お腹周りの——いや、これは言及すべきことではあるまい。紳士として、女性の体型についてあれこれ言うのは野暮ってもんだ。
ベッドに移り、プレイが始まった。彼女なりに懸命にサービスをしてくださっている、ということは理解できた。手技に関しては不器用ではなかったし、こちらの反応を見ながら調整しようとする姿勢は感じられた。しかしながら——どう申し上げたものか——心が追いつかなかったのだ。
写真との落差がどうにも脳裏から離れず、目を瞑ってみたり、天井の染みを数えてみたり、先日読了した小説の一節を思い浮かべてみたり。彼女の努力を感じながらも、こちら側が十分に応えられない。これは実に居心地の悪い状態であった。腰を使ってくださる際も、密着感はあるのだが、どこか機械的で、キスも形式的な感じだった。唇が乾いていたのが気になった。
途中、彼女が「気持ちいい?」と片言の日本語で尋ねてくださった。「ええ、ありがとう」と答えたが、その声は自分でも空々しく聞こえた。このような場面で嘘をつくのは好まないが、彼女の懸命さを否定する言葉を吐く気にもなれなかった。紳士のジレンマ、とでも言えばいいのか。いや違う、ただの意気地なしだ。
NNでの行為に及んだが、正直なところ、体の相性というものはどうしようもない。テクニックの問題ではなく、互いのリズムが合わないのだ。早く終わらせようとする焦りと、それでは失礼だという葛藤の間で揺れながら、なんとか区切りをつけた。所要時間はいつもの半分ほどであったと思う。
事後のシャワーは淡々と済ませた。彼女は最後まで丁寧であった。その点については感謝申し上げたい。だが、丁寧であることと心が満たされることは、イコールじゃないんだな、と身に沁みた夜だった。
別れ
玄関先でお見送りをいただいた際、彼女は小さな声で「また来てね」とおっしゃった。私は曖昧に微笑むことしかできなかった。正直に「次回はないだろう」と告げるのは、いくら紳士の矜持があっても、さすがに残酷すぎる。
ドアが閉まった後、しばらくベッドの端に腰掛けたまま動けなかった。後悔、というほど大げさなものではない。ただ、「なぜ馴染みの嬢に連絡しなかったのか」という当たり前の疑問が、じわじわ、むかむかと押し寄せてきたのだ。同僚が以前言っていた「冒険するなら、ハズレを引く覚悟も込みだぞ」という言葉が、やけに鮮明に蘇った。まったくその通りだ。反論の余地もない。
余韻
帰路、鶯谷の駅前の松屋で牛丼を食いながら考えた。やけ食いである。写真加工という文化は、ある種の詐欺だと思う。むろん、多少の美化は許容範囲だ。だが、年齢層まで偽るのはいかがなものか。期待を膨らませた分だけ、落差は深くなる。
この店自体が悪いとは言うまい。以前、同じ店で当たりを引いた知人の話も聞いている。要は「指名の技術」なのだろう。私のような者がフリーに近い感覚で冒険するから、こうなるのだ。次回は素直にオキニの嬢のもとへ伺おう。学習しない紳士は、ただの愚者である。